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十三大橋 |
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淀川区新北野一丁目と大淀区中津七丁目の新淀川に架かる「十三大橋」。 |
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「十三(じゅうそう)」の名は、 |
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・大化の改新の時にできた条里制で、西成群の飛田を一条として北へ数えるとちょうど十三条目にあたることからきているという説。 |
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・淀川には上流からたくさんの渡し舟があり、摂津に入って十三番目の渡しがここにあったからという説。
があります。 |
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十三大橋は、1878年(明治11)に、成小路村の住人によって木造橋が架けらています。私設の橋で、通行料が必要な橋でした。 |
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その後、1885年(明治18)の淀川洪水を契機に現在の淀川が開削され、2代目の十三大橋が1909年(明治42)に完成しました。 |
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大正時代に入ると、大阪市は急激な人口増加による市域の拡大が起こり、第一次都市計画事業が策定されました。 |
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現在の十三大橋は府県道大阪池田線として拡大整備する中で、1932年(昭和7)に架設されたものです。 |
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